【書評】『クルスク航空戦』(上下), ドミートリー・ハザーノフ、ヴィターリィ・ゴルバーチ(共著)

ドミートリー・ハザーノフ、ヴィターリィ・ゴルバーチ[共著]
「クルスク航空戦 上 北部戦区 史上最大の戦車戦 ―― オリョール・クルスク上空の防衛」
「クルスク航空戦 下 南部戦区 史上最大の戦車戦 ―― ベールゴロドとクルスクの間で」
大日本絵画、2008

2017/10/15 一部修正

  • この本について

 訳者あとがきによれば、「オリョール・クルスク戦」60周年を記念する公的プロジェクトとして2004年に出版されたもので、当初は非売品の予定であったという。上巻の巻頭に記された前書きが軍航空の関係者でなくオリョール州知事の筆によるものであることが、この本の成り立ちの特異さを物語っているのかもしれない。また、訳者あとがきによれば著者ドミートリー・ハザーノフは本職が原子力関係の研究者であるという。正直に言って、驚きを隠すことができない。

  • 内容について

 上巻の第1章ではクルスクの戦いに至るまでの経緯と両軍の内情について解説し、上巻と下巻にまたがる第2章ではクルスク北部で行われた航空戦の経過を、下巻の第3章ではクルスク南部の航空戦の経過をそれぞれ詳解している。独ソ双方の戦力の内情を数字とエピソードから明らかにするだけでなく、空戦の結果は双方の資料を用いて批判的に分析され、対地攻撃の結果もその例外ではない。

 綿密な分析により双方の過大な戦果報告が暴かれ、そして明らかにされるのは、ドイツ空軍の洗練された戦術と、それに翻弄され被害を重ねるソ連空軍の苦境だ。地上軍との、そして航空機同士の密接な連携により戦場の上空で効果的に働くドイツ空軍に対して、ソ連空軍は十分な協調を行うことができず、主導権を握られてしまっている。著者によればクルスク戦期間中、独ソ航空機の全損比は1 : 2.5に上ったと記述している。

 航空機同士の戦闘だけでなく、対地攻撃の戦果も検証されていることが本書の価値を高めている。中でも成型炸薬爆弾PTAB-2.5-1.5の実情について第三章の中で言及されていることには注目したい。独ソ双方に強力な印象をもたらしたことを示す証言を引用する一方で、実際の戦果を慎重に見積もっており、特性や欠陥の記述もあわせて同兵器の多くを知ることができる。ドイツ側の対戦車航空機Ju87GとHs129Bの活動についても言及されている。

 戦果の検証に加えて、戦力の比較や戦術の解説、作戦行動やエピソード紹介などにより詳細かつ包括的にクルスク上空の戦闘を解説した本書は、この戦いに関心をもつ読者だけでなく、独ソどちらの航空戦力に関心を持つ方にも有用だろう。また有名なドイツ人エースに興味を持たれたことがある方には、彼らの戦術や戦果の例をソ連側の資料から知ることができる点で、知識を補間し理解を深めることができるかもしれない。ドイツ爆撃機の対戦車戦闘の戦果について知りたい方も同様である。先に出版された同著者の『モスクワ上空の戦い』に比べれば紙面や章立てが整理されており読みやすくなっていることも、本書の評価を高める一助となっている。

  • 付録について

 本文中で示される数表にくわえて、出撃数や保有機数、損害などが示された17の数表が付録として巻末に記載されている。特に損害を示した表では6th IAK, 221th BAD, 302th IAD, JG52それぞれがクルスク戦で失った機体の損失時の状況が一つ一つ示されており、特筆されることのない個人の戦いを知る上で興味深いものになっている。