最近読んだ本20211026(主にソ連と北極探査について。前回の続き。)

最近読んだ本20211026(主にソ連と北極探査について。前回の続き。)

・Scott W. Palmer “Dictatorship of the Air: Aviation Culture and the Fate of Modern Russia”(2009)

 帝政ロシアと戦前のソ連が航空機に対してどのようなイメージを持っていたかについて。ODVF(航空友の会)や長距離飛行などの国内・国外向け航空プロパガンダが内容の中心になる。

 第一部では帝政ロシア期を対象に、航空機がどのように受容され、どのような普及活動が行われたか、またその実態について記述される。第二部では1920年代のソ連を対象にそこで行われた普及・啓発活動を記述し、第一部で語られた帝政時代と比較しつつ、同一点と差異に着目して特色を明らかにする。

 かいつまんで言えば、帝政期もソ連時代も、航空機はロシアの抱える広大な土地に起因する後進性を克服するための道具としてとらえられており、航空機の普及のために、また民間や軍の航空艦隊を創設する資金を集めるために、ODVFのような団体を創設し、会員を募ってゆく。ほとんど同じ手段を取りながら、しかしソ連時代においては当局がメディアを掌握していた点が大きく異なっており、その様子を示す際に表題の”Dictatorship of the air”が使われている。国内に向けた広報活動や、また国外に向けて様々なイメージアップが図られる様子を知ることができる。

 第三部では1941年までのスターリン時代を扱い、ANT-20による宣伝飛行とANT-25による長距離飛行を中心として、活動の詳細を記しながら、宣伝の要素や傾向を解説する。ANT-20による1933年の宣伝飛行ルートに、大飢饉の発生していたウクライナなども含まれていたという指摘には気づかされる。
 航空機をめぐる宣伝のあり方についても、初めは航空機そのものが威光を持っていたところから、20年代の後半には航空機を量産する工業を誇るようになり、さらに社会主義リアリズムの提唱される1930年代中盤には、航空機などの機械よりも英雄を称えることが中心となっているなど、時代を追いながら傾向を読み解いていくのがおもしろい。

 そういったややこしいことを考えなくても、ODVFの無秩序な拡大と統合にまつわるゴタゴタ話や、トラブル続きの宣伝飛行の実態とそれを成功と喧伝する新聞、プロパガンダと実態の乖離のような、裏話としての読み方も楽しむことができる。

 個人的に気になったのは、アムトーグや技術者の留学制度などを通じたソ連の航空産業とアメリカの関係性について記述されているところで、このあたりの話はあまり読んだことがなかったのでもう少し調べてみたくなった。特に、日本の航空産業について語る際によく話題に上るのと同様に、ソ連の航空産業って、工作機械などをどれだけ外国に依存していたんだろう。

 


・John McCannon ”Red Arctic: Polar Exploration and the Myth of the North in the Soviet Union, 1932-1939” (1998)

 

 戦前のソ連による北極探査について。北極探検の主体となったGUSMP(北海航路管理局)の成り立ちと、GUSMPの勢力拡大から失墜に至る1938年までを扱い、蒸気船チェリュースキンの救難や北極漂流基地の建設などのソ連国内の組織間の勢力争いや、個人間の権力争いも含めて、北極探検の裏事情を含めた多面的な理解を得ることができる。

 

 本書の内容は以下の本文がよく表している。(p.59より)

 1930年代の間、実質的に、ソ連には2つの北極圏が存在した。1つは前章で解説された、失策と犯罪、低水準な生活環境の北極圏だった。収容所の冷酷な北極圏だった。ただ試行と錯誤、骨の折れる努力によってソ連がわずかに前進させることができ、そして実際にそうした、荒削りな地域だった。ソ連の民衆に対してその多くが隠されたままになっていた、舞台裏の北極圏でもあった。  対象的に、2つ目の北極圏は民衆の目から離れることはなかった。これは英雄的な北極圏であり、栄光で満たされていて、考えられるすべての手段を通じて、ソ連市民の前で終わりのないパレードを行っていた。 4章と5章で詳細に論じられる過程を通じて、ソ連北極圏に対するパブリックイメージは、勇敢で伝説的な叙事詩となっていった。そして当然ながら、この大衆による消費を意図した北極圏は、事実と言うにはあまりにも出来すぎたものだった。 

 GUSMPというあまり認知度の高くない巨大組織の実態と盛衰について知ることができるし、ソ連による北極圏開発の一面として読むこともできるし、チェリュースキン号救難や北極観測基地設立などの英雄的な事項の解説としても読めるし、文章の端々に挟まれるエピソード(輸送の混乱で地域住民が10年以上使える量の歯ブラシが届く、シベリア先住民のシャーマンに対抗するために日食の予言をしたり悪魔に扮したりするetc...)は単純に面白い。また大粛清の時代にGUSMPが被った影響は破滅的ではあるものの内紛と世代交代としての要素も描写されており、具体的な一組織に対する一例として、大粛清のイメージを肉付けすることができると思う。北極圏の英雄物語を利用して名声を高めたシュミット、ヴォドピヤーノフ、パパーニンのその後の身の振りようも解説されている。彼らの著作を読んだことがあれば、ぜひお勧めしたい。


・Lennart Andersson “Red Stars Vol.6 Aeroflot Origines”, Apali (2009)
 戦前ソ連の民間機とそれを使用した組織を解説した図鑑。巻末には登録番号(СССП-Н-170など)と機種名、製造番号をまとめたリストがある。農業用に使用されたAP(U-2の農業用派生型)のシリアルが1000機以上並んでおり圧巻。GUSMPによって使用された機体も解説に含まれている(登録番号СССР-Н-○○○:真ん中の一文字が所属組織を表し、”Н”はGUSMP)。ドルニエ・ワール飛行艇から始まり、国産のP-5やSh-2、MP-1、G-1などが並ぶ間に、蒸気船チェリュースキン号救難に使用された後にアメリカから譲渡されたロッキード・フリートスターや、アメリカから輸入したダグラスDF-151などのマイナー機が見られる。民間機は軍用機と比べて多国籍で、また珍しい機体が少数だけ運用されることが多いようで面白い。


・Carl Fredrick Geust ”Red Wings in the Winter War” MMPBooks (2020)
 ヴォドピヤーノフは冬戦争に参加している。それも北極飛行用の派手な塗装のANT-6を使って。しかも爆撃まで行っているらしい。(本当に?)ともかく本書にはそうある。
 本書は冬戦争に参加したソ連航空部隊に注目して、個々の飛行師団や飛行連隊などの部隊を羅列し、それぞれの活動を記述している。資料集と呼んだ方がよい代物で、読み物として読むことは難しいものの、あまり知られていないソ連航空部隊の編制と活動がマイナーな直協部隊に至るまで記載されているので、うまく咀嚼して再構成することができればきっと楽しいはず。


・赤井謙一『交通ブックス218 世界の砕氷船成山堂書店 (2010)

 砕氷船の歴史、世界で使用されている砕氷船の紹介、砕氷船の技術的特徴、氷の性状などについて。
 砕氷船とはどのようなもので、どのように使用されるのかなどの基本的な事項が参考になる。
 本書とは全く関係がないが、著者が翻訳に携わっている『科学技術者の倫理 その考え方と事例』は技術者倫理の教科書として大変面白く、考えさせられるものなのでおすすめ。


・熊野谷葉子『ロシア歌物語ひろい読み:英雄叙事詩、歴史歌謡、道化歌』 慶応義塾大学出版会(2017)

 ブィーリナの入門書。読みやすいし値段も手ごろで、何よりすこぶる面白い。イリヤー・ムーロメツやドブルィニャ、スヴォトゴール、そして砕氷船の名前にもなったサトコーなどのキャラクターと活躍を簡単に知ることができる。前掲の”Dictatorship of the air”, ”Red Arctic”では飛行士が英雄として語られる上でブィーリナの英雄が解説なしに引き合いに出されることが多いので、合わせて読んでおけば置いてきぼりになりづらいかもしれない。(置いてきぼりになったので慌てて読んだ)

 

亀山郁夫『ロシア・アバンギャルド岩波書店(1996)
 ロシア・アバンギャルドの作品と思想について。新書。
その衰退に関わる社会主義リアリズムについての解説も少しある。

・ミシェル・オクチュリエ社会主義リアリズム』 白水社 (2018)
 前掲の『ロシア・アバンギャルド』で扱われていた時代と内容がかぶっているが、こちらでは作品の解説はなく、政治闘争の歴史を書いている。文章が難解。

 

 一通り読みはしたけども、このあたりのお話は雰囲気しか理解できていない。    
とはいえ”DictatorShip of the air”で触れられているように、ソ連邦英雄の設立は社会主義リアリズムの思想と無関係ではないのだし、そういったものは源流に向けてもっとさかのぼることができて、またこれ以外にも影響を与えているのだろうな、という印象があるのでもう少し広い範囲も含めて、思想面のお話も読み進めてみたい。