最近読んだ本とか20210523(主にソ連と北極探査について)

最近読んだ本20210523(主にソ連と北極探査について)


・ヴォドピヤーノフ 『北極飛行』 岩波新書 (1939)

 1937年、史上初の北極点漂流基地の設営は物資と人員を搭載した航空機で北極点に着陸することによって達成された。著者ヴォドピヤーノフはその編隊長機の操縦士であり、本書は北極点を目指す飛行の一部始終を記した冒険記。「岩波文庫ラシックス」として最近になって限定復刊されたもの。

 後書きによれば、本書は雑誌『ノーヴィ・ミール』1937年8月号と1938年に掲載された『如何にして空想(ゆめ)が現実となったか』を翻訳したものだという。また本文中の記述から推察すると、この「空想(ゆめ)」というのは著者ヴォドピヤーノフが北極への飛行前に執筆した小説、『飛行士の夢』を前提としたもので、これは架空の飛行士が北極への着陸を成し遂げるもののようだ。
 北極飛行の過程を記した本書の題名が「如何にして~」となっているのは、あらかじめ小説に書いた「空想」をヴォドピヤーノフが実際に成し遂げたことからとっているのだろう。

 刊行時期が古く、現在ではカタカナで表記する言葉に旧字が使われているので最初は面食らうかもしれないが、少しだけでも、例えば「模斯科(モスクワ)」、「瓦斯(ガス)」だけでも読めてしまえば後は雰囲気で読み通せる。

 極地飛行のためにあつらえられた特別性の機体とともに、厳しい天候やトラブルに見舞われながらも見事に任務を達成する、冒険記の王道のようなイメージがある。  
 使用される機体には、視認性を上げるための特別塗装や不整地着陸のためのドラッグシュート、エンジン間で冷却液共有を共有して暖機運転を短縮する改造、おなじみエンジンカバーやヒータを仕込んだオイルタンクなど極地用の改造がなされていて、飛行機ファンの目線からすると、それらの解説もあって嬉しい。

 また、北極点を目指す機体は4機のANT-6(TB-3)と1機のANT-7(R-6)であって、ふだんは脚光を浴びることのないANT-7が本隊に常に先行して天候の観測を行ったり、ついでにソ連初の北極地点上空飛行を成し遂げたりと大活躍しているあたりもおもしろい。他にはU-2やR-5が登場する。

 執筆時期が時期なだけあり、出発前と帰還後には党やスターリンを賛美する文章が並ぶが、これについては1939年に書かれた訳者後書きでも「最近あの血生臭い粛清の嵐が吹きまくった後では、ソヴェート国民一般に共通のものとなっているこの護身術も、当然すぎる程である。」と一定の理解を示している。

 ところで北極に観測所を設立した後、参加した4機ANT-6のうち1機だけ、航法士アクラートフが乗る機体は不測の事態に備えてルドルフ島に留まることになり、これが恐らく、アクラートフ『北極への挑戦』の冒頭につながっている。とはいえヴォドピヤーノフとアクラートフのどちらも互いの名前くらいしか書いていないので、両書の共有点はルドルフ島でアクラートフが30年程前のツィグレル(ジグラー)隊のキャンプを発掘した描写くらいのものだ。

 

・イ・デ・パパーニン『パパーニンの北極漂流日記東海大学出版会(1979年)
 こちらはヴォドピヤーノフらによって北極点に運ばれて、基地を設営して観測を行ったパパーニンによる日記。著者による前文「北極へ」は、この北極点基地を設営するに至った背景が記されており、他書よりもこちらを先に読んだ方が全体像を把握しやすい。

 本書は北極上に着陸した5月21日からの一日ごとの日記として書かれている。人手のかかる基地の設営を終えて、無駄飯喰らいである飛行士たちを北極点から追い出したあとは、パパーニンら4人の観測研究と、自然との戦いの日々が続く。これもまた優れた冒険物語だと思う。

 氷上の生活は、次第に割れていく氷や氾濫する雪解け水、悪天候や低温に対処しつつ、その合間に観測研究を行う、不眠不休と言っていいような厳しいものである一方で、苦境をユーモアで乗り越えようする雰囲気があったようだ。本文中にもそれは遺憾なく発揮されており、例えば海水採集器を深海から引き上げられなくなったのを「グリニッジ子午線に引っかかった」とネタにするようなことの繰り返しで、読んでいて楽しい。

 また北極点へ基地を設営する試みは世界初だったのだから、当然のようにそこで観測されるもの、重力や地磁気、生物、海流などはすべて新発見であり、何かが明らかになるたびに発見の喜びと高揚感に包まれていて、これも読んでいて気分が良い。また思い出したように思想教育を計画して「時間がないので実施できない」とする描写が何度もあるが、これはアリバイ作りなのだろうか。


 本書を読んで強く印象に残るのが無線の活躍で、本国との連絡はすべて無線なのはもちろん北極点を通過する航空機と交信したり、民間との交信キャンペーン(北極基地と交信できると商品がもらえる)があったり果てはハワイやオーストラリアも含めた世界中と交信している。もっとも雑誌記者からの質問「どんな本を読みますか」などのどうでもよい質問に辟易しながら、忙しい観測生活の合間をぬって文字数制限内で回答を作成する様子も書かれており、何も便利なだけではないようだ。

 飛行機ファンとして注目するところもいくつかあり、例えば北極点での任務のうちには、同年にアメリカに向けて長距離飛行に出発する2機のANT-25(チカロフ機、グロモフ機)との通信も含まれており、その時の様子も描写されている。その後同様にDB-Aで長距離飛行を試みたレヴァネフスキー機の失踪も同様で、この時は酷い悪天候に見舞われていたようだ。
 また、漂流するうちに小さくなってゆく氷盤からパパーニンらを救出するために派遣された砕氷船ムルマン号にはスキーを装備したR-5と、水陸両用機Sh-2が搭載されており、これらの機体の頼もしさを感じることもできる。砕氷船からクレーンで水面や氷上に下して使用するのだが、このような機体について調べたくなる。

後書きではパパーニンの経歴が解説されていて、十四歳で見習い旋盤工になり、その後黒海艦隊に服役し、内戦で頭角を現したことが書かれている。1941年10月には北方輸送に関するソビエト防衛国家委員会の最高責任者になり、ムルマンスク等の湾港設備拡充と北方航路の輸送を指揮したという。

 

 


・佐々木路子『ロシアの地理的「探検」と「発見」』、之潮(2019)

第3章、『ロシア人が語る「地球発見物語」』は、ロシアの学習参考書である『6-7年生用の学習参考書 地理的発見の歴史』から著者が興味を抱いた事項を抜き出して紹介するもので、本書の2/3を占めている。 その中で北極探検について書かれているのは30ページ強と少ないものの、有名な探検行とその成果(あるいは実態)が簡潔に、エピソードも交えながらまとめられていて、飛行船や飛行機による探検にも触れられている。

 ソ連時代の評価に対してバランスを取ろうとするような記述がなされていることに気づく。 例えば北極探検の先駆者であり悲劇の英雄として語られてきたセドフにはその実態に辛辣な評価を下しつつスターリン時代に作られた英雄像であることを指摘し、歴史から消された探検家として白軍のコルチャークを紹介し、またドイツ主導の飛行船による国際協同探索に参加した教授が 後に粛清されたことに触れている。
 パパーニンらについても彼らの偉業をかなり肯定的に解説しているが、無線手クレンケリの告白として、彼とパパーニンは時折激しい気性を抑えられず爆発させることがあった、と記述することで一方的な英雄化からは距離を取っているように感じられる。

 ところでコルチャークが捜索した「サンニコフ島」は後に航空機と船舶による捜索の結果存在しないことが判明したのだが、これはアクラ―トフ『北極への挑戦』でも触れられている。


・亀田真澄「飛ぶプロパガンダ : 一九三〇年代アメリカとソ連における飛行の表象」
(https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/55107#/.YKoIhagzbIV)

北極飛行の概略と、そのプロパガンダ的機能について。


・塚崎今日子「北極の英雄たちのノヴィナ――1930年代ソ連による北極征服とソヴィエト・フォークロア
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/yaar/45/0/45_139/_article/-char/ja/)

北極圏の英雄を題材とした創作フォークロアについて。

・坂内徳明「ソ連民俗学の形成 : 一九二〇年代前半のユーリイ・ソコロフを中心として 」

1920年代のソ連民俗学について。
ウラジーミル・プロップ昔話の形態学』の背景として。


・神沼克伊『みんなが知りたい南極・北極の疑問50』ソフトバンククリエイティブ(2010)
南極と北極の環境について知りたいのであれば、最初の1冊として良い本だと思う。
読みやすいからと言って内容が簡単なわけではない。1958年の国際地球観測年(IYG)と南極探査の関連について初めて知ることができたのが収穫。


・『ジュニアサイエンス 北極・南極探検の歴史』丸善出版(2016)
翻訳前の原題は「子どものための極地探査」。子ども向けではあるけど読みごたえはあるし、探検史として最初に手に取るのによいかも。航空機関係としては、リチャード・バードによる南極点上空飛行が取り上げられている。


・クライブ・ホランド『北極探検と開発の歴史』同時代社(2013)
 原書の題名は「Arctic Exploration and Development, c.500 B.C. to 1915」
紀元前から1915年までの期間に行われた北極圏探索を列記したもので、探索1件1件を数行で要点を記述したものが470ページ続く。おまけとして付属するダイジェスト版なら読み物として読めるかもしれない。
 物理書籍として出版しようとしたけど高額になるし販売数が読めないからやむなく電子書籍(CD)として出版した、ということが後書きに書いてあるけど、電子書籍になったことで検索性が大変良くなったので、利用価値はむしろ向上してると思う。気になった人物や時代を拾い読みするのに向いてる かもしれない。
扱っている時代が時代なので、航空機関係はナグルスキーらによる北極圏最初の飛行くらいしかない。飛行船を利用しようとした試みについてはいくつか記載されている。


その他読んでないもの
・John McCannon ”Red Arctic: Polar Exploration and the Myth of the North in the Soviet Union, 1932-1939” (1998)

ソ連の北極探査について。


・Scott W. Palmer “Dictatorship of the Air: Aviation Culture and the Fate of Modern Russia”(2009)
ロシア・ソ連の航空に対するイメージについて

・Андрей Почтарев “Полярная Авиация России 1914-1945 г.г.”
ロシア・ソ連の極圏航空について。600ページ弱の鈍器。上巻は物理書籍しかない。

・Андрей Болосов “Полярная Авиация России 1946-2014 г.г.”
ロシア・ソ連の極圏航空について。電子書籍。ワンコインで投げ売りされている。
1955年からのソ連の南極探査では北極と異なる環境に苦労していることがわかる。