【書評】「ソ連の航空機 その技術と設計思想」 A・S・ヤコブレフ

2017/10/15 全体を修正


ソ連の航空機 その技術と設計思想」 A・S・ヤコブレフ 翻訳:遠藤浩 原書房 1982

  • この本について

 原題は”СОВЕТСКИЕ САМОЛЕТЫ“ 1975年にソ連航空機設計者として有名なA・N・ヤコブレフ自身によって書かれたソ連の航空機事情。1979年発行の第三版の翻訳。計284ページの一般的なサイズながら、内容は非常に多岐にわたる。

 ヤコブレフの著書はいくつかあるようで、Ozon.ruを見ると、 “РАССКАЗЫ АВИАКОНСТРУКТОРА(航空機の話, 1958)”, ”ЦЕЛЬ ЖИЗНЬ”(人生の目的, 1967), “50 ЛЕТ СОВЕТСКОГО САМОЛЕТОСТРОЕНИЯ(ソビエト航空機生産の50年, 1968)”, “ЗАПИСКИ КОНСТРУКТОРА(設計者のノート, 1979)”が見つかる。ただし目次を見る限り、「ソビエト航空機の50年」は「ソ連の航空機」の加筆前のものであるようだ。また「設計者のノート」は おそらく”Notes of an aircraft designer” として英訳されている。

 本書を手に取ったときにまず目につくのは気合が入った推薦文だろう。表紙をめくった袖の部分には東京大学名誉教授による推薦文、裏表紙の袖には航空宇宙技術研究所(JAXAの前身)所長の推薦文、そして訳者は航空宇宙技術研究所の部長という顔ぶれである。推薦文はどちらもソビエトの航空機事情を当人の筆で知ることができる点を絶賛しつつ、自国至上主義の傾向があること*1を控えめに指摘している。
 

  • 内容に関して

ソ連における航空機製作の発達を手短に述べた本書は、その発達を多面的に深く分析しようとするものではない。本書の課題はもっと限定されたもので、航空機製作の主なる発展段階を記述し、十月革命以降今日までの飛行機製作者達の技術面や設計面での考え方の成長の足跡を示すことにある。

p.7より

 序章で本書の目的と歴史の概略を述べた後、一〜四章で黎明期から第二次世界大戦終結に至るまでを時系列に沿って記述し、五~六章では第二次大戦の総括、七〜十一章ではジェット機や民間航空、スポーツ航空、エンジンなどの周辺各分野の歴史を解説している。十二章はソ連航空機の技術面の特徴と主要な設計者の来歴を解説し、十三章では将来の展望を解説している。巻末には浜田一穂さんによる1980年代のソ連航空機の解説が付属し、出版当時の最新情勢をカバーしている。

現在ではソビエトの航空機に関する資料が広まっていることと、本書ではソ連の航空機を称賛するばかりで欠点を指摘しないことを踏まえれば、航空機の解説に関しては本書の価値はかなり小さくなっているだろう。ただし、詳しい方が読めば相応の発見はあるかもしれない。

 一方で価値があるのは1930年代以前のソ連航空機事情に関する記述と、スポーツ機に関する記述だろう。帝政ロシア時代から革命を経て基盤を失った航空機産業を再建していく様子、つまり有名なツアギやモスクワ航空大学、グライダー飛行や航空機知識の普及に努めた航空友の会(ODVF)などの航空関係組織の設立と変遷、外国機の輸入からライセンス生産、国産機の製作へと発展していく航空機産業の様子が各時代の状況から生じた必要性に関連付けて解説されており、1930年代以降に偏りがちな日本語文献の隙間を埋めてくれる。スポーツ機に関する記述も同様の理由で価値がある。

 設計思想に関する話はあまり期待しない方が良いかもしれない。一般的な内容と比較して本書で特徴立っていたことは、簡素な技術・構造で量産性を重視すること、既存の機体の改良に際して生産数に影響を与えないこと、くらいだろうか。これも詳しい方が読めば何かしらの発見はあるかもしれない。

 航空機の評価に関しては基本的に自国の機体への評価が甘く、他国の機体を見る目は厳しい。一般向けの内容であるからかも知れないがあまり詳細な分析はなく、例えば戦闘機の評価基準は速度、軽量さ、そして水平・垂直方向の運動性が主に挙げられており、特に重量の観点からBf109やFw190, P-51, P-40, P-47を肯定的に評価していない。Bf109とFw190は改良につれて重くなっていった点を指摘し、米軍機はそもそも重過ぎるとしている。Yak-1, LaGG-3, MiG-3は他国の戦闘機と比べて簡素な設計と製造法、軍用機よりも競技用飛行機に固有の優れた空力特性、三トン程度の軽さであったことを評価しているが、その詳細については述べられていない。

*1:読んだ限りでは、自国機の性能への評価は甘く、他国の機体に厳しい。また、ロシア・ソ連の歴史上の役割をかなり強調している。例えば否定的に評価されているのはMiG-3くらいのもので、それも高高度戦闘機が不要だったことについての言及である。生産された機体に欠陥が多発した時期があったことなどにも触れられていない。また歴史に関しては、歴史的快挙にロシア・ソ連人の名前が並ぶ。例外は波板構造のユンカース博士か。