【書評】"Red Phoenix Rising– The Soviet Air Force in World War II" Von Hardesty & Ilya Grinberg

Von Hardesty & Ilya Grinberg, “Red Phoenix Rising – The Soviet Air Force in World War II” University Press of Kansas (2012)

 

・この本について

 第二次世界大戦中のソ連空軍を対象とした通史。”Red Phoenix”は言うまでもなくソ連空軍のことを指しており、開戦によって歴史的な大損害を被ったソ連空軍が戦闘を経て進化し、ドイツ空軍を圧倒する強力な組織に成長する様子を不死鳥になぞらえている。

 著者Von Hardestyはスミソニアン博物館の学芸員で、Ilya Grinbergはニューヨーク州立大学の電気工学の教授。Introductionで述べられているように、Von Hardestyは1982年に、当時参照可能だった、今からすれば限定的な資料を用いて、本書の前身となる ”Red Phoenix : The Rise of Soviet Air Power, 1941-1945” という著作を出版している。これをソ連崩壊後に公開されたソ連側の資料と、それらを用いて歴史の細部を明らかにしてきた東側の研究者たちの成果を参照して全面的に刷新したのが本書、という経緯があるようだ。

 本書はこれまで十分に注目されてこなかったソ連空軍に注目し、また同様の書籍の中でも、新しく、より ”Authoritative” なソ連空軍を扱った書籍を目指しているという。本文中に示される多数の出典は巻末にまとめられており、興味を持った事項については出典を辿ることができる。(アクセスできるかは別として)

 

・内容について

 本書の構成は主要な戦闘に注目し、それぞれの経過と、その中でソ連空軍に訪れた変化を採り上げるもの。開戦前後、モスクワ防衛戦、スターリングラード、クバン、クルスク、そして1944-45年の攻勢が章立てされている。注目すべきはクバンにおける航空戦、そして1944-45年の攻勢に伴う航空戦(これは更にコルスン包囲戦やルーマニア上空の戦い、バグラチオン作戦などに細分されている)で、類書で十分に触れられてこなかったこれらの航空戦を概要から知ることができる。また米爆撃機によるシャトル爆撃も大きく扱われている。

 記述の内容はその戦いの概要から始まり、地上戦の経過を簡単に述べた上で、航空戦の経過を一通り解説しつつ、組織や戦術の変化や、特徴的な出来事を紹介していく。地図は各章1枚程度と最小限だが理解を助けてくれる。記述のレベルは航空軍や航空師団のなどの規模の大きな部隊の動向を中心に扱うもので、航空戦も出撃数や損失数で表現されるものがほとんどだが、不足するデティールを補うため、部分的に連隊や個人レベルのエピソードも挿入されている。

 

 前書きではソ連崩壊後の資料と研究を用いて云々、という大仰な能書きがされているが、本文の調子は至って穏当で、尖ったところはない。従来の定説を覆すようなことはせず、基本的な事項から丁寧に、出典を示しながら、全体像を提示している。

 そこで示されるおおまかな流れはそれ自体珍しいものではなく、緒戦で大敗北を喫した後、モスクワ前面で押し返し、スターリングラード戦を堪え、クバンとクルスクで拮抗し、その後の攻勢で優勢に立つ、というどこかで見聞きしたことのあるものだが、断片的に見聞きしてきたそれらの情報が一連の流れとして、その流れを根拠づける出来事や数字とともに提示されることで、より深い理解を得ることができそうだ。

 

 ただし、本書はあくまで通史であるため、必要以上の細部については省略されているし、紹介される事例は多くても、1つの話題を掘り下げることは少なく、場合によっては傾向を記述するだけに留まり具体的な事例を紹介しない。これについては本書の目的からして仕方のないことだと思うが、消化不良に思われる方もいると思う。

 

 本書で扱われた航空戦のうち、モスクワ防衛戦とクルスクの戦いについてはドミートリィ・ハザーノフ『モスクワ上空の戦い』『クルスク航空戦 (上・下)』に詳しいため、上記の航空戦の詳細が気になる方はそちらを参照されるとよいかもしれない。

 また、第二次大戦のソ連空軍を包括的に扱った書籍としては以下の日本語で入手しやすいものがあるので、未読であれば本書よりもそちらを先に参照されることをお勧めする。飯山幸伸『ソビエト航空戦』(光人社NF文庫) は第二次大戦終結までのソ連の航空機事情を包括的に扱った労作で、戦闘の経過にも少なくない文章が割かれている。またヒュー・モーガン『第二次大戦のソ連航空隊エース』では短いながらも大戦中を通じた航空戦の趨勢に触れられている。航空戦の趨勢に注目するなら、上記2作は本書と比べて記述の深度こそ異なるものの、その方向性は同等で、記述には奇妙に一致するところがいくつかある。おそらく同一の参考文献があるのだと思うが、どちらにせよ、先に日本語で読める分を読んでおいて損はないはず。