最近読んだソ連航空本_2020-05-13

最近読んだソ連航空本_2020-05-13

 

最近というかここ半年くらい。

 

James Sterrett, “Soviet Air Force theory, 1918-1945” Routledge (2007)

 1918年から1945年までのソ連航空戦力の運用理論の推移とその実践を追ったもの。前半では戦前の出版物をもとに時代ごとの空軍のあり方や運用に関する議論を整理し変遷を追っていて、後半ではソ連空軍がスペイン内戦からWWII終戦までにどのような教訓を得て、またそれを反映したのかを記述している。

 前半の内容は類を見ない貴重なもの。これはあまり語られることのないソ連の航空戦理論について述べたものだから、という点に加えて、航空戦理論を対象とした十数年にわたる議論を追うことができるから、という理由もある。議論の中で現れる航空戦の性質や、ソ連空軍がが何度も悩むことになる、密接な陸軍直協をとるか、航空戦力の集中運用をとるかというジレンマなどはソ連に限った話ではないはず。

 

 後半は一般的な戦史と内容が近くなってしまうけど、前半の議論を踏まえて、戦前の理論との相違を見ることができるのは本書ならでは。また後半の内容は要点をつかみやすい文章なのでこれだけ単独で読んでも面白い。著者の文章が上手いのも一役買っているかも。

 

 本書に通底する著者の態度は、以下の文に強く表れている。(p.10)

(…) Clearly, given the availability of transrated material from abroad, Soviet aviation theory did not develop in a vaccum. However, the Soviets clearly were not slavishly copying notions from abroad. Notions that fit well with their own were taken in, and those did not were generally left aside. Moreover, the central tenets of Soviet airpower theory, consentration of force and supporting the ground forces, appeared very early and received little donestic challenge.

Western influence may have been tangential because its focus tended to be different from that of soviet theorists, a problem which in turn afflicts western writing about the Sovet Air force. Western writers have reflected this difference in focus by largely ignoring the topic of the Soviet Air Force's thery and doctrine, and the few look at the topic tended to miss the point by searching for supporters of city busting strategic bombing, refrecting the preoccupation of the west. (…) As wil be seen in this chapter and the next, the Soviets harboured deep doubts about the value of strategic bombing. Attempting to see their doctine through the lends of the Western emphasis on strategic airpower distorts our view. Soviet airpower theory developed along lines determined by its own conditions and along its own internal logic. (…) In the Soviet Union, the issue of airpower subordination followed very different lines because, just like the other continental powers, the Soviet Union could not ignore the strategic reality of a hostile land frontier. If the land army suffered defeat, the air force's airbases would be promptly be overrun. The prevalence of the notion of the air force subordination itself in large measure to the needs of the land forces was not a failure of imagination, but recognition of reality.

 

 要するに(ソ連では重視されなかった)戦略爆撃ではない、ソ連空軍が置かれた状況に即した航空戦理論について注目していて、そしてその中心が戦力の集中と地上軍の支援であった、というお話。

 

 

R. ムラー, 『東部戦線の独空軍』, 朝日ソノラマ1995

 上記のドイツ版といったところ。航空支援システムや戦線をまたいで攻勢正面に自在に移動する航空部隊などの解説が具体的で詳しいのでイメージを補足できる。こっちを先に読んだ方がよかったかも。ドイツ空軍独自の思想や用語にも詳しいうえ、先のStarrettの著作と論点が重なっているため比較できる部分が多い。

 独ソ戦が始まってから地上部隊の支援にかかりきりだった独空軍が、戦争後半になってから戦況を打開するために戦略爆撃を計画して戦力の抽出と訓練を行うものの、準備中に前線が後退してしまい目標が爆撃機の行動範囲から外れてしまう、という終盤の展開は何かの象徴のようにも思える。

 

 

Williamson Murrey 『戦略の形成 下』, 筑摩書房 (2019)

 下巻第十六章「階級闘争の戦略―ソヴィエト連邦 (19171941)」だけつまみ読み。ソ連の航空関係でもよく引用される「野戦操典」(PU-36, PU-39など)ってどんなもので、年度ごとにどんな違いがあるの?というお話が気になっていたので。戦略まわりの時代背景を日本語で読めてよい。

 

 

Alexander Boyd, “The Soviet Air Force Since 1918”, Stein and Day (1977)

 ソ連空軍の歴史。James Sterrettが先行研究として挙げていたので読んだ。古い本なので飛行機の解説は時代相応のものだけど、組織の変遷や人事に詳しく、また多くのページを割いているわけではないが、大粛清が空軍と航空機産業に与えた影響や、航空機工場の疎開について書かれた部分は類書の中でも詳しく、秀でている。

 

 

・マーチン・ファン・クレフェルト 『エアパワーの時代』 芙蓉書房出版 (2013)

大戦期のソ連空軍について書かれた部分とその参考文献を拾い出し。各国の状況を概説して比較しつつ時代ごとの傾向を見ていくの形式なので込み入った話までは展開されない。

 

 本書では大戦期のソ連空軍を地上部隊の指揮官に隷属するものとして、独立空軍に分類していない。またソ連戦略爆撃機部隊が一度も登場しなかった、とも書いた上で、さらにその原因がスターリンにあるとする著述家もいるとして、Viktor Svolovの著作を挙げている。(p.89)

 彼に関してはあまり良い噂を聞かないけどやっぱ読まないといけないのかな、とりあえず上記についてその意味するところや実態を掘り下げたいなどと思った。

 

 あと「フォッカーD31(p.118)とか「LaGG-3地上支援機」(p.145)とか細かい部分が気になってしまう悪い癖が抜けないのでなんとかしたい。

 

 

Geust-Keskinen-Stenman, “Soviet Air Force In World War Two” AR-KUSTANNUS OY (1993)

 

フィンランド人研究者らが出版したソ連空軍の飛行機写真集。巻末の数ページに短い解説記事があり、ソ連空軍の組織やソ連邦英雄、親衛隊、戦闘機エースのリストなどの資料がある。今となっては他の書籍やメディアで見ることができるので、わざわざ入手するほどのものでもないはず。

(ページの半分にも満たないごく短いものではあるが、対フィンランド戦で発生したタラーンのリストや、1944年にフィンランドを枢軸から離反させるために行われた長距離爆撃機部隊によるヘルシンキ空襲の解説があったりするのは珍しいけど)

 

 モーガン 『第二次大戦のソ連戦闘機エース』の巻末(p.82)に掲載されている4つのエースリストのうち、ゴイスト、ケスキネン、ステンマン版(1993)が本書じゃないかなと見当をつけていたけど、どうもちょっとだけ数字が違う。別の資料があるのかも。

 

 

 独ソ戦といえばまず近接航空支援を連想するの対して、ソ連フィンランドの戦争では都市爆撃が無視できない程度に印象を占めている点が今のところ気になっている。ところで冬戦争を除けば、ソ連空軍を対象とした書籍ではフィンランドとの戦争はあまり注目されない傾向があるように思う。なので疑問を解消するにはフィンランド側に焦点をあてた書籍を読んでいくしかないのかな、というのがいまの感想。