【読書メモ】『ノモンハン空戦記』ア・ベ・ボロジェイキン

ア・ベ・ボロジェイキン『ノモンハン空戦記 ソ連空将の回想』弘文堂(1964)

  

・この本について

 ソ連の高位エースであるアルセニー・ワシーリエビチ・ボロジェイキンによるノモンハン空戦記“Истребители” (1961) を翻訳したもの。訳者前書きによれば、原書の第一章を省略し、それ以外の一部風景描写などを抄訳にして簡潔にしているという。全193ページのうち144ページまでが本文であり、それ以降は訳者によるノモンハン戦史の解説となっている。

 著者ボロジェイキンはノモンハンで6機を撃墜し、第二次世界大戦でも多数の撃墜を記録したエースパイロットであり、二度のソ連邦英雄を受賞している。戦後は軍に残り、最終階級は少将。1957年に退職した後、作家として活動したという。

 

・内容について

 回想は、著者の所属する部隊が6月にモンゴルに移動した後の、6月22日の出撃から始まる。戦闘の様子は敵味方の動きを含めて克明に描写されており、それゆえ参戦当初は訓練と実戦経験の不足、また無線を搭載していないことに起因する不手際の、もどかしい様子も多い。「われわれはまだ対地協力戦闘に無経験だった」「いかなる戦闘形態が最適なのか、われわれにはわからなかったのである」「われわれは移動目標の正確な射撃訓練を欠いていた」「だが、このような戦闘隊形が、爆撃機の援護に適していないことに気づいたものはいなかった」など、経験の不足と戦術面の未熟さが率直に語られている。

 

 それらに対応するように7月の始めには、新任の連隊長であり、日中戦争に参加しソ連邦英雄を受賞したグレゴリー・クラフチェンコによる戦術指南が行われており、これに多くのページが割かれている。そこでは具体的で実践的な戦術指導、つまり彼我の戦闘機の性能を考慮した一撃離脱戦術や背後に付かれた場合の離脱方法、また対地攻撃時の対空火器制圧チームの必要性などが語られている。また実戦経験を積むに従って戦術も練り上げており、場合に応じて適切な隊形を選択する様子が描写されてゆく。

 

  一日に多い時には5-8回出撃するという戦闘の激しさも際立っている。自身の非撃墜や事故について、著者は連続出撃による体力の消耗を第一の原因として挙げている。

 

 本書はノモンハンで戦ったソ連戦闘機エースの手記というだけで貴重だが、それ以外にも注目すべき点がいくつかある。

 まず、著者は戦闘機I-16のパイロットだが、対空以外の戦闘にも多く参加している。7月には著者の所属する部隊は機関砲搭載型のI-16を使用して対地攻撃を行っている。その後には、著者は8月1日から独立戦闘機偵察中隊に配属されており、敵情の偵察や敵飛行場への強行偵察を行う様子も記述されている。

 著者はまたコミサールでもあり、そのためか、家族との関係に悩む同僚に気を配ったり、行方不明になった僚機が亡命したのではと疑ったり、その嫌疑が晴れたあとに自分の思考を恥じたりというエピソードもある。飲酒して出撃する中隊長に対して忠告するに留めるなど、ここに書かれる著者の態度は同情的で、かなり甘いように思える。

 

 

・関連書籍

 

  • Milhail Maslov “Polikarpov I-15, I-16 and I-153 Aces” Osprey Publishing (2010)

 ノモンハンの航空戦を扱った章の一部で、ボロジェイキンの回想が引用されている。(引用元は明記されていないが、『ノモンハン航空戦』に書かれたものと同内容)。ただし、回想の引用以外にはボロジェイキンについてほとんど述べられていない。ボロジェイキンの乗機としてType 17の側面図がある。

 本書が扱う範囲はスペイン内戦から中国、ノモンハン、冬戦争、第二次世界大戦と広く、その分記述は浅いが、紹介されるエピソードには面白いものがある。

 

  • George Mellinger “Yakovlev Aces of World War 2”, Osprey Publishing (2005)

 ボロジェイキンは第二次大戦でYak系の戦闘機に搭乗していた。本書ではボロジェイキンの撃墜戦果を個人52, 共同13としており、Yak系の戦闘機を使用したエースリストの首位に置いている。また彼の戦歴について3ページほど記述されているほか、彼の乗機であるYak-7Bの側面図もある。

 

  • D・ネディアルコフ『ノモンハン航空戦全史』芙蓉書房出版(2010)

 ソ連側の資料を用いてノモンハン航空戦の全容を描いたもの。著者はブルガリア空軍大佐。

 幾つかの事項についてボロジェイキンの原著”Истребители”が参照されている。併せて読むと全体像が把握できてよい。

 

 「航空機戦編」と題した30ページほどの章で、『ノモンハン航空戦』を主軸において航空戦の概略をまとめている。

 

 「ノモンハン航空戦」と題した30ページほどの章で、ボロジェイキンを含め日ソ双方の資料を用いて航空戦の総括を行っている。