【書評】『北極への挑戦 極地パイロットの手記』B・アクラートフ

B・アクラートフ『北極への挑戦 極地パイロットの手記』講談社 (1967)

 

・この本について

 1930年代から70年代始めまでに北極探査で活躍したソ連の航法士Valentin Akkuratovによるエッセイ集。自身の回想を絡めつつ北極探査の歴史や北極圏の町の様子を紹介し、そして何より、自身の探査飛行のエピソードを臨場感あふれる筆致で記述している。著者は作家としても活動しており幾つかの著作があるが、あとがきによれば本書はロシア語の書下ろし原稿を日本語に翻訳したもので、ロシア語の原書は (少なくとも出版当時は) 存在していないという。

 彼の経歴は本書あとがきで紹介されているが、同様のものとしてはWikipedia (露語版: Аккуратов, Валентин Иванович — Википедия)の記事も詳しい。北極探査を通じて数々の飛行歴をもつ。受賞も多数。また本書では語られないが、冬戦争や第二次大戦にも航空機搭乗員として参加している。Li-2やPBY Catalinaを乗機としてモスクワ疎開レニングラードへの輸送任務、北極圏における流氷の観測に携わったほか、長距離航空部隊ではPe-8に搭乗し、102回の出撃経験を持つ。

 訳者はトルストイソルジェニーツィンをはじめロシア文学の翻訳を数多く手がけている木村浩

 

・内容について

 本書の冒頭は、1937年にDB-A爆撃機で北極点を通過した後に行方不明となったレヴァネフスキーらの捜索を任務としていた著者らが、北極において一人の探検家の墓を見つけるところから始まる。その付近にはアメリカ人北極探検隊のキャンプが遺棄されており、またその中からは、なぜかイタリア国旗が見つかった。この墓は誰のもので、アメリカ人探検隊はどのような経緯をたどったのか、またなぜイタリア国旗があるのか?これらの疑問を、キャンプの「発掘調査」を通じて得られた情報をもとにして、過去の北極探検隊の歴史を紐解いていくことで明らかにしていく。次いで内容はロシア人探検家の足取りに及び、極圏の町の歴史、北極海航路の開拓史、etc…時代や場所を移しつつ、本書の前半では北極圏の様子と開拓史が紹介される。また同時に北極の自然の厳しさ(「北極の陰険さ」と著者は一部で表現している)が描写され、困難に立ち向かう探検者の精神が称えられる。

 氷砕船チェリュースキンの遭難事故とそこで救援のために航空機が活躍したこと、それ以降航空機が流氷の観測に従事していることに触れたあと、本書の後半では北極におけるもう一つの航空機利用、つまり著者自身が参加した航空機を用いた北極探査行が描写される。地図の空白地点を埋めて、未発見の島を発見し、あるいは地図に記載されている島が存在しないことを発見する…これらの成果が得られた行程が、直面した困難や発見時の喜び、隊員の間で交わされた会話とともに、臨場感あふれる形で表現するのは当事者ならではだろう。着陸した飛行機の中で予想外の吹雪に耐える、エンジンの故障、機位喪失、ホッキョクグマとの度重なる遭遇、着陸地点の氷が割れて水没、遭難…多くの困難は無事に切り抜けられているが、一つ一つが死につながる過酷なもので、使用する道具が近代化したとはいえ、著者らが立ち向かっている自然は前半で描写された、過去の探検隊を拒んできた過酷なものであることが思い出される。

 

 本書の内容は北極の開拓や探検中心としているため、著者が登場している飛行機そのものへの言及はほとんどなく、あってもわずかに機体番号(CCCP-H-xxx)だけ記される程度だが、検索するとそれらの機体がPS-7(R-6の民間機型)やDB-A、G-2(TB-3の輸送機型)、PBY Catalinaなどであることがわかり、北極圏で使用された多様な航空機とその情景を思い浮かべることができるし、ソ連機を調べていると目にする北極探査用の機体がどのように使用されていたのかを、間接的ながら、本書を読むことでその片鱗をつかむことができた。

 

 全体として、文章は非常に綺麗で読みやすく、内容は発掘と推理や歴史、冒険と多岐にわたるため飽きることはない。この時代の北極探査に携わった当事者の著作というだけで貴重なものだが、そのうえ作品として面白い。北極探査そのものや、北極圏の航空活動に関心がある人にはぜひお勧めしたい。